ああ、星の王子さま! ぼくは、少しずつ、君のメランコリックな人生のことを理解していったのでした。
長いあいだ、君には、夕日を見ること以外に、気晴らしが何もなかったのです。
ぼくがそのことを知ったのは、四日目の朝でした。
そのとき、君はこう言いました。
――ボクは夕日を見るのが好きなんだ。ねえ、夕日を見に行こうよ……。
「夕日を見るには、待たなくちゃ」
――待つって、何を?
「だから、日が沈むのをさ」
君はとても驚いた顔をしました。
それから、大きな声で笑いました。
――そうか、地球は、ボクの星とは違うんだ!
その通り。
アメリカ合衆国で、いまお昼の十二時だとすれば、日が沈んでいる国はフランスなのです。
したがって、いますぐ夕日を見たいなら、一瞬で、アメリカからフランスまで行かなくてはなりません。
でも、残念ながら、いまの科学技術ではとてもそんなことはできません。
ところが、君の小さな星だったら、椅い子すをちょっと動かすだけで、夕日を見ることができます。
つまり、見たいと思ったときに、いつでも夕日を見ることができるのです。
――ある日なんか、四十三回、夕日を見たことがあるよ!
そして、君は、少したってからこうつけ加えました。
――ねえ、悲しいときって、夕日が見たくなるよね……。
「じゃあ、夕日を四十三回見た日、君は四十三回悲しくなったのかい?」
王子さまは、その質問に答えませんでした。
7
五日目の朝、またまたヒツジにちなんで、王子さまの秘密が明かされました。
王子さまは、突然、前置きもなく、次のように聞いてきました。
――ヒツジって、小さな木を食べるよね? だったら、花も食べるの?
「ヒツジは、目の前にあるものは何だって食べるさ」
――とげのある花も?
「もちろん、とげのある花も食べる」
――だったら、とげは何の役に立つの?
ぼくには、そんなことはわかりませんでした。
そのとき、ぼくは、なかなかゆるまないエンジンのねじを、なんとかして取り外そうとしていたのです。
ものすごく不安でした。なぜなら、故こ障しょうが簡単には直りそうもなかったからです。それに、飲み水もなくなりかけていました。
――ねえ、とげは、何の役に立つの?
王子さまは、いちど質問すると、答が得られるまで絶対にあきらめません。
ぼくは、ねじがゆるまないのでイライラしていました。そこで、口から出まかせを言いました。
「とげなんて、何の役にも立ちやしないさ。バラが意い地じ悪わるだから、とげなんかつけてるんだ!」
――えっ! ほんとなの?
そのあと、しばらく沈黙がありました。それから、王子さまはぼくをなじるようにこう言いました。
――ボクはそんなこと信じないぞ!
バラの花は、弱いし、何も知らないんだ。なんとかして自分を守ろうとしている。
とげをつけていれば、みんなが恐がると思っているんだ……。
ぼくは返事をしませんでした。こんなふうに考えていたからです。
“もし、これ以上やってもねじがゆるまないなら、ハンマーで叩たたき壊こわしてやろう!”
王子さまは、ふたたび、ぼくの考えを邪魔しました。
――ねえ、もしかしてキミは……。
「うるさいなあ!
どうでもいいようなことを聞かないでくれ。
ぼくは、いま忙しいんだ!」
王子さまは、口をあんぐり開けてぼくを見ました。
――忙しいだって?
そのとき、ぼくは、汚れた油で黒くなった手にハンマーを握り、変な形をしたエンジンの上にかがみこんでいました。
――大人みたいなこと言わないでよ!
ぼくは、それを聞いて急に恥ずかしくなりました。
王子さまは、さらに続けて言いました。
――キミは……、なんでもいっしょくたにしてしまうんだ!
ひどく怒っているようでした。金色の美しい髪の毛が震えていました。
――ボクは、赤ら顔のおじさんが住んでいる星を知っている。
そのおじさんは、花の香りをかいだことなんかいちどもない。星を見たことだっていちどもない。人を愛したことだっていちどもない。
いつも、いつも、計算ばかりしているんだ。
そして、一日中、キミみたいにくり返している。
「ああ、忙しい! ああ、忙しい!」
そうして、自分を偉いと思っているんだ。
そんなの人間じゃない。
まるでキノコじゃないか!
「何だって?」
――キノコだよ!
王子さまは、怒りのあまり、青ざめていました。
――何百万年も前から、バラの花はとげをつけてきたんだ。
それなのに、何百万年も前から、ヒツジは花を食べてきた。
そんなふうに何の役にも立たないとげを、どうしてバラがずっとつけてきたのか、その理由を知ろうとすることが、それほど大切なことじゃないって言うの!?
ヒツジとバラがやってきた戦いに意味がないって言うの?
そんなことよりも、赤ら顔のおじさんの計算のほうが大事だって言うの?
ボクの小さな星に、バラの木があって、宇宙でたったひとつの花を咲かせたのに、それをヒツジが食べてしまうんだ。
なのに、それが大切なことじゃないって言うの?
王子さまは、今度は真っ赤になり、こう言いました。
――何百万もの星が輝く宇宙のどこかに、たったひとつだけ、キミの愛する花が咲いている星があるんだ。
だったら、そんな無数の星を眺ながめるだけで、キミは幸せになるんじゃないの?
「この宇宙のどこかに、ボクの愛する花が咲いているんだ……」
って、そう思うんじゃないの?
でも、もしヒツジがその花を食べちゃったら、ぜんぶの星の光が消えちゃったのと同じことでしょ?
それが、大事なことじゃないって言うの?
王子さまは、声を詰まらせ、もうそれ以上、何も言えなくなりました。
そして、突然、泣き始めたのです。
すでに日が暮れていました。
ぼくの手には、もう、工具はありませんでした。
ハンマーも、ねじも、喉のどの渇かわきも、自分の死さえも、もうどうでもよいと思われました。
大宇宙にぽっかりと浮かぶ地球という星の上で、小さな王子さまが泣いているのです。何よりもまず、その子をなぐさめてあげなければなりません。
ぼくは、王子さまを抱き、静かにゆすってあげました。
そして、こう言ったのです。
「君の好きな花は、大丈夫だよ……。
ヒツジの口に口輪をはめればいいんだ。口輪を描いてあげよう。
それに、花のために、覆おおいを描いてあげよう。
それから…‥」
ぼくは、それ以上、何を言えばいいのかわかりませんでした。
すごく、居心地の悪い思いがしました。
どうやって王子さまの気持ちとつながればいいのか、よくわからなかったのです。
涙というのは、とても神しん秘ぴ的てきなものです。
桜吹雪